軍隊の組織について

Hearts of Iron3で取り上げられた軍隊の組織について説明します。

中間管理職の悲哀

総司令官の緻密な計画の下に数百万の軍勢が一糸乱れずに行動する。理想ではありますが、実際には不可能です。軍隊は状況の変化に即応しなければなりません。後方にいる総司令官の命令を待っていられないのです。

このため各部隊に中級指揮官がいます。 上級指揮官は部下に対して目標だけを命令し、その実現方法は指定しないのがよいことだとされます。 命令が絶対の軍隊において中級指揮官の行動を制約せずに、現場の判断に任せるわけですね。

部隊の規模は大きい方から順に、師団→連隊→大隊→中隊→小隊→分隊となっています。 師団の規模はおよそ1万人、分隊の規模は10人強です。

また指揮官の階級も部隊規模に対応しています。

師団少将
連隊大佐
大隊中佐
中隊大尉
小隊中尉
分隊下士官

部隊規模と階級

以上はあくまでも一般論であり、国により、時代により違いがあります。

戦闘中は転進できない

軍隊は敵に背中を見せてはいけません。卑怯だからではなく、追撃によって大きな被害を受けるからです。

指揮官にとってこれは困ったことです。 状況の変化に対応しようにも、一度戦闘に投入した部隊の命令を変更するのは困難だからです。

このため手元の兵力を三分し、そのうち2つを戦闘に投入し、残る1つは予備として司令部の付近におくようになりました。 状況が変化した場合は、司令部の判断で予備を投入します。

部隊配置

部隊配置

つまり原則論でいうと、師団の編成は次のようになります。

師団の編成

師団の編成

指揮官の仕事

実際の軍隊では指揮官の下に別兵科がついています。例えば歩兵師団であっても、司令部が戦車や砲兵を持っている場合があります。これは「師団は独立行動可能な戦闘単位であり、いかなる状況にも対応できなければならない。」という考え方によるものです。

歩兵師団の編成

歩兵師団の編成

師団長の仕事は以下の通りです。

第一連隊長も手元の兵力を3つに分け、1つを予備にしています。

こうして考えると、実際に戦っている兵士は意外に少ないことが分かります。 「遊兵を作るな」というのは兵法の定石ですが、全ての兵士を同時に戦闘に投入するというのはなかなか難しいのです。 また、戦闘における死者が少ない理由もこれです。 退路を断たれない限り、全員が死亡することなどあり得ません。

実際の編成

ここでは陸上自衛隊第二師団の編成を見てみます。

第二師団の編成

第二師団の編成

全ての兵科がそろっており、まさに「どのような状況にも対応できる」編成になっています。

旅団とは何か

Hearts of Ironシリーズには旅団(brigade)という言葉が出てきます。かつて1個師団が4個連隊で構成されていたときに、2個連隊ずつに分けて旅団としていました。これを4単位制といいます。

4単位制師団の編成

4単位制師団の編成

その後「独立行動可能な師団の規模は小さい方が扱いやすい」ということで、1個師団は3個連隊で構成され旅団が省かれるようになりました。 これを3単位制といいます。

3単位制師団の編成

3単位制師団の編成

現在では旅団というと、2個連隊に他兵科を組み合わせ独立行動可能な「小規模師団」のような意味合いになっています。

現在の旅団の編成

現在の旅団の編成

師団より上位の編成

師団を束ねる上位組織の構成は、まさに国によって、時代によって様々です。14個師団しかいない現在の陸上自衛隊と、100個師団以上を持ち太平洋全域に展開した旧陸軍において編成が異なるのは当然です。国によっては、平時に師団より上の組織を設けないこともあります。

参考までに陸上自衛隊の編成を挙げます(省略が多々あります)。

陸上自衛隊の編成

陸上自衛隊の編成

ゲームでの扱い

Hearts of Iron3では、軍の組織をTheatre(戦域)→軍集団(Army Group)→軍(Army)→軍団(Army Corp)→師団(Division)→旅団(Brigade)として扱っています。

HoI3での軍組織

HoI3での軍組織

配下部隊Theatre(戦域)軍集団(Army Group)軍(Army)軍団(Army Corp)師団(Division)
Theatre(戦域)×××××
軍集団(Army Group)××××
軍(Army)×××
軍団(Army Corp)××
師団(Division)×
旅団(Brigade)××××
航空機×
艦船×

可能な組み合わせ

無制限に配下にすることが可能
合計5つまで配下にすることが可能
4つまで配下にすることが可能(ドクトリン開発によって5つまで)
×
不可能

こんな軍隊に誰がした

このような近代的な軍隊を編成したのは、ナポレオンが最初です。

ナポレオン以前、中世の軍隊では戦う人=地主貴族でした。 大貴族は多数の一族を引き連れて、小地主はわずかの手勢とともに封建領主の戦争に参加しました。 各部隊の規模はばらばらで、指揮官同士の手柄争いもありました。 貴族にとって軍功を挙げることは、恩賞として領地をもらえることを意味するので当然ですね。 信長の野望 覇王伝をイメージするといいかもしれません。

共和制フランスでは貴族を廃したため、市民による国民軍が編成されました。 このときに師団制が創設され、各師団は同規模、各師団長は同一階級とされたのです。

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